100年を越えた結実。
シチズンと田中貴金属ジュエリーによる、新しい時代を刻む時計。
数量限定16本。

CITIZEN × GINZA TANAKA

シチズンと、田中貴金属ジュエリー。
腕時計と貴金属。身に着ける人を飾るという意味で、近しくも異なる業態の、二つの企業。そのルーツをたどると、同一の創業者にたどり着く血を分けた関係なのです。それぞれの道を歩み、創業から100年を超える今に至るまで、共同で開発を行うことはありませんでした。
一世紀を過ぎ、新たな時代のはじまりに、互いに原点を見つめ未来を思考する。ともに磨き上げてきた知見と技術を持ち寄り、1本の腕時計として結実。
田中貴金属ジュエリーによる、Pt950(プラチナ95%、ゴールド5%)の特別なケース。
シチズンが初めて世に出した第一号の懐中時計をモデルとしたデザイン。
変わり続ける時代に、変わらない意志と価値を残したい。数量限定16本の特別な時計です。

シチズンが製造し、田中貴金属ジュエリーの店頭にも置かれた、第一号時計。

シチズン第一号時計

腕時計のモデルとなるのは、シチズンの前身「尚工舎時計研究所」が初めて製造した、第一号時計。外国産品に引けを取らない、高い精度を持った懐中時計です。すべての部品を国内生産した画期的なもので、田中貴金属ジュエリーの前身「山商店」の店頭でも販売されました。 この存在が、再びシチズンと田中貴金属ジュエリーをつなぎました。

同じ創業者を持つ、二つの100年企業。

山龜吉

はじまりは、一人の人物の意志。

田中貴金属ジュエリーの前身「山商店」。
シチズンの前身「尚工舎時計研究所」。
二つの企業を起こしたのは、山龜吉。実業家であり、貴族院議員として政治にも参加。その功績は大きく、金の品質を表す基準を日本で初めて立案するなど、貴金属業界を強力に牽引しました。また、機械式時計を日本の産業として根付かせるべく、当時輸入に頼っていた時計の国産化に着手。
その根底には、日本の「近代化」への熱い想いがありました。

新たな時代を切り拓いた、二つの起業。

山商店

山龜吉は、1870年(明治3)東京府荏原郡調布村(現・田園調布)に貧しい農家の長男として生まれました。父の借金などに苦労した山は、社会的な信用がいかに大切かを痛感し、子供心に、実業家として身を立てる決心をしていました。
20歳の時、叔父が経営する貴金属装身具商「清水商店」に奉公。一心不乱に働き、業績を上げ、4年のうちにのれん分けをされると、経営権も譲渡されます。その後、社名を「山商店」に改めます。

実業家としての山の信念は、己の利益のみを求めるものではありませんでした。事業を通じて業界そのものを振興させ、その先に、日本の成長に資するべき。貴金属業界を盛り立てるだけでなく、新たな産業を興すべく活動を始めます。輸入した懐中時計を装飾する鎖などの製造を通じ、時計に着目していた山は、スイスやアメリカへ赴き時計製造の現場を視察。直感します。「時計の産業を根付かせることが、我が国の発展につながる」。
スイスから技術者を招き、懐中時計を研究、製造する「尚工舎時計研究所」を立ち上げます。そこには、山の二つの想いがありました。国産の産業を持つことで国を近代化させる、事業としての信念。もう一つは、市民の誰もが時計を手にし、そこに近代的な生活スタイルを生み出す、という願いです。

日本の文化を変革する。二つの「近代化」。

時計を国産化する。多くの国民の手に、時計を届ける。

尚工舎時計工業学校

当時、携帯する時計といえば、懐中時計でした。ほぼ輸入品であり、高級品。部品の製造まで含めて、一から時計をつくれる職人は、日本にはいませんでした。山がまず始めたのは、人材づくり。時計の技術を学び、職人として育てる教育機関、尚工舎時計工業学校を設立したのです。 ないものは、つくる。技術者がいなければ、技術者を。部品がなければ、部品を。その部品をつくるための機材そのものさえ。その姿勢は、現在のシチズンにも確かに受け継がれています。 そして研究と試行錯誤の果て、ついに生み出された第一号時計、16型懐中時計。 その名も、「CITIZEN」です。

市民のための、国産時計。

第一号時計を販売するにあたり、山は厳しい品質基準を課しました。24時間経過したのち、実際の時刻とずれを生じる、その許容範囲。平らに置いた状態で、20秒。それ以外で30秒。当時の、欧米の製品に負けないための精度でした。それがクリアできなければ、販売は許さない。第一号とはいえ、決して妥協はしない。
価格もなるべく安価に。多くの人が買える値段で。時計を持つ、という新しいライフスタイルが、産業だけでなく、きっと日本人の生活も変えるだろう。山は完成した時計の命名を、時の東京市長 後藤新平氏に依頼。後藤氏は山の想いを深く理解し、「永く広く市民に愛されるように」と、市民を意味する「CITIZEN」と名付けました。その名が、やがてシチズンの社名そのものになります。

日本人の美意識を、欧米に負けない高みへ。

欧米人に負けない日本人の美意識

時計事業と同じく、貴金属宝飾事業においても、山は奔走しました。数多くの功績の中に、ダイヤモンドの価値を日本に広めたことが挙げられます。宝石を、富の象徴としてだけでなく、身に着けることで人を美しくする装飾品としてデザインしたのです。美しく加工し、装飾し、例えば、女性の手元をかわいらしく飾る指輪として。 「ダイヤモンドの山」と呼ばれ、ダイヤモンドの先駆者となりました。 宝石で身を装飾することで、人は美しくなる。美しさは自信になり、時には、宝石の輝きにふさわしい自分になろうとする成長の意欲もかきたてたでしょう。宝石をまとった欧米の女性、男性の華やかな姿。そこに肩を並べる美を、日本にも。美意識の面からも、山は日本の近代化を考えたのです。

信用で、業界を整える。

真鍮リングケージ

さらに、業界を発展させるには信用できる品質管理制度が必要だと考えました。 「K18」「K24」といった、金の品質を表す基準を整備。厳しい品質基準を一般化させることで、悪徳業者を排除しました。また、消費者が迷わずに買えるよう、各店によって差があった指輪のサイズも統一基準を設定しました。
品質を保証された美しい宝石や貴金属で、身を飾るよろこび。欧米に劣ることのない美意識を、日本で花開かせたのです。その執念とも言える品質と美の追求は、今も田中貴金属ジュエリーの企業姿勢の根幹として、深く根付いています。

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