2024年11月、シチズンの一大ブランド「カンパノラ」に、「宙鏡(そらかがみ)」と名付けられた新作が登場した。「エコ・ドライブ」、「グランドコンプリケーション」、「メカニカル」の3つのコレクションで構成される本作では、万人に共通する、星空に想いこがれる心情が表現されている。
今回、この新作のプランナーおよび、3モデルの担当デザイナーの方々に、それぞれのタイムピースが完成するまでのお話を伺った。
その腕に、美しい星空を映し出す「宙鏡(そらかがみ)」
宙鏡(そらかがみ)は、宇宙や夜空に浮かぶ星々を、そのまま手元に映し出すカンパノラの新作だ。
ラインナップは、「エコ・ドライブ」、「グランドコンプリケーション」、「メカニカル」コレクションの3種。いずれも、カンパノラのアイコニックな造形が、職人が手がけた漆塗りや螺鈿細工による“青”で彩られており、星空や宇宙を思わせるモデルに仕上がっている。
そのインスピレーションの源は、平安時代の詩にあるという。両手にすくった水に映る星空を見て、星々の出会いに人の営みを重ね想うという、星々への叙情が巧みに表現されているのだ。
宙鏡とは?
これまでにも星空や宇宙を志すコレクションを数多く輩出してきたカンパノラ。そこに新たに加わった、宙鏡というコレクションは、カンパノラにどのような価値観を生み出すのだろうか。宙鏡の立案を担当したシチズンのチーフプランナー、市川貴之さんに語っていただいた。
市川 貴之
商品企画センター
チーフプランナー
「時の原点である宇宙に対してのロマンや、インスピレーションをかき立てるような何かを、ユーザーの皆様に感じていただきたい。カンパノラでは、その精神を常に大事にしてきました。新作の制作にあたり、こういったブランドのあり方を今一度見つめ直し、カンパノラの魅力を再認識してもらえるような腕時計を作ろうと考えました」
「このイメージを具体化するにあたり、宇宙を直接的に描写するのではなく、そこに人のインスピレーションを介在させることを意識しました。人と宇宙とのつながりに重きを置くことで、ブランドの魅力をより突き詰められると考えたのです。こうして行き着いたのが、平安時代の和歌であり、そこから着想を得てコンセプト名にした“宙鏡”という言葉です。これは、全く新しいコンセプトではなく、カンパノラの源流に立ち返ったものであり、原点回帰と言った方が正しいかもしれません」
手元のガラスの中で小宇宙を繰り広げるカンパノラは、悠久の時を歩む宇宙と、我々とをつなぐ腕時計だ。星空を体現した宙鏡は、かつて夜が完全な暗闇だった時代から続く、人々の普遍的なロマンを描き、宇宙と人とのつながりをより強調する存在と言えるのである。
「それでも、強いてこれまでのモデルとの違いを挙げるなら、より人のインスピレーションに寄ったコレクションと言えるのではないでしょうか」
この違いは、同ブランドの星座盤を持つコレクション、「コスモサイン」と宙鏡との比較でも見えてくるだろう。当然ながらこのふたつは、宇宙や星空に対するロマンが込められた腕時計だ。しかし、コスモサインが極めて精密な星空を映し出す時計だとするならば、宙鏡は、誰もが持つ普遍的な星空への想いを表現した、よりエモーショナルな存在と言えるのである。
また、宙鏡が見せる星空へのオマージュは、着用者がコンセプトを理解しやすいという利点もあるだろう。カンパノラの既存のデザインを選び、なじみやすい青色でカラーリングを統一した宙鏡は、初めてカンパノラを選ぶ人にとっても、手に取りやすい新作に仕上がったのではないだろうか。
インタビューの最後、市川さんは宙鏡の魅力について、以下のように語ってくれた。
「シチズンは、歴史の中で積み上げられたきたテクノロジーを組み合わせることに長けていると思います。そしてこの長所は、シチズンのデザイナーにも共通するモノだと私は考えています。すでに存在する要素を組み合わせ、うまくまとめ上げられる表現技術が、宙鏡の3モデルには強く発揮されたと実感しています」
入念に組み立てられた、三者三様の星空
より人に寄ったコンセプトを持つ宙鏡だが、当然ながら、個人によって思い描く星空は様々だ。この多様な星空の表現にあたり、新作では構成する3モデルをそれぞれ異なるデザイナーが担当している。今回、それぞれのモデルについて、担当デザイナーの方々にも語っていただいた。
メカニカルコレクション「NZ0000-58L」
「NZ0000-58L」は、ラ・ジュー・ペレ製のムーブメントを搭載する機械式モデルだ。宙鏡の中で唯一、限定本数が設定された特別なモデルであり、螺鈿や蒔絵を使って、天の川や、夜空に浮かぶ星雲のゆらめきが表現されている。テーマは、「青の豊かさ」だ。ちなみに、カンパノラのビッグデイトを持つ機械式モデルとして、ブレスレット採用モデルの登場は10年ぶりとなっている。
「一面の星空を見たときに感じた、空へと吸い込まれていきそうな感覚、何もない空間に自分が放り込まれたような感覚をイメージし、デザインへと落とし込みました。その際、宇宙や星空といったモチーフがわからないような、難解なデザインにならないよう、良い塩梅を探りました。」
そう語るのは、シチズンの商品企画センターのベテランデザイナー、榎本信一さんだ。
榎本 信一
商品企画センター
チーフデザインマネージャー
1級時計修理技能士
このメカニカルモデルの漆塗り文字板は、従来のカンパノラの機械式モデルと同様に、会津漆器 儀同漆器工房の伝統工芸士、儀同哲夫さんが手がけた。
儀同さんに漆塗りを依頼するにあたり、榎本さんもこれまでカンパノラで積み上げられてきた漆塗りの表現技法から取捨選択し、最もふさわしい組み合わせを追求したという。
つまり、NZ0000-58Lは、150本という限定本数が設定されていることにも納得がゆく、カンパノラの漆塗りの表現技術が集約した1本と言えるのだ。
「ビッグデイトを持つメカニカルモデルにおいて、青いダイアル表現を持つ腕時計は本作が初となります。天然由来の青色を持つ漆は無く、その色彩表現は作り手に大きく左右されるため、儀同さんならではの技が強く表れた文字板と言えるのではないでしょうか」
本作のデザインにあたって、榎本さんは特に全体のバランス取りに注力されたそうだ。見返し部のローマ数字の形状を再考するなど、ディテールの隅々まで見直されているのがわかる。
また、デザイナーである榎本さんと、作り手である儀同さんの間での、星空のイメージの共有には、苦慮するポイントがあったという。
「自分のイメージに完全に合った青の表現を目指す上で、細かな漆塗りの表現を突き詰めていく過程には、やはり試行錯誤が必要な箇所がありました。試行回数は限られていましたが、儀同さんに実際にお会いし、要望をお伝えさせていただくなどした結果、自分が思い描く表現に辿り着くことができたと思います」
漆塗り文字板の製作工程は膨大だ。そのため、試作の数にも限りがあり、いかに少ない回数でデザイナーと作り手のイメージを合致できるかが極めて重要となる。今回、その限られた時間の中で完成に至ったのは、榎本さんのイメージをまとめる力と、儀同さんの豊かな表現力によるところが大きかったのだろう。
エコ・ドライブコレクション「BU0020-20L」
エコ・ドライブコレクションに属する「BU0020-20L」は、⾦属粉を混ぜた紺漆の文字板で、夜空に星々が瞬く様子をイメージしたモデルだ。五徳リングを持つ立体的なダイアルレイアウトの中で、さまざまな情報がロマンチックに交差しており、6時位置に配置されたムーンフェイズも、月日の流れというゆっくりとした個性を盤面へ与える要素となっている。
エコ・ドライブモデルについては、シチズンの商品企画センターでチーフデザインマネージャーを務める、堀川 麻衣子さんに語っていただいた。
「頭上に星空が広がる、広大で静かな空間にひとりで佇んでいる時、自分の世界にひたったり、自分と向き合う機会にもなります。そういった自分にとっての、星空の在り方を文字板で表現しました」
堀川 麻衣子
商品企画センター
チーフデザインマネージャー
「描き出したのは静(せい)なる青です。ダイアルが華やかすぎず、地味になりすぎないことを意識し、漆塗り文字板では、星々がささやかに瞬く光景をイメージしました。デザインする上では、そのちょうど良い加減での表現を探り、漆塗りの加減や見返しリングの色といった要素の組み合わせを様々に考慮しました」
このエコ・ドライブモデルでは、“静”というテーマが反映されており、カンパノラのアーカイブの様々な要素の組み合わせによって、ちょうど良い個性が追求されているのが分かる。また、6時位置の漆文字板では、華やかな貝殻片を用いずに、金属粉と漆の組み合わせだけで星空が表現されている。その落ち着いた表情は、本作ならではの魅力となるだろう。
ちなみに、ムーンフェイズの周囲に施されたこの漆塗りには、初代グランドコンプリケーションに採用されたものと、似た技法が採用されたという。
「思い描くデザインの具体化に当たって、メカニカルモデルと同様に、職人さんとのイメージの共有には苦慮しました。制作いただいた漆塗りのサンプルをもとに、派手すぎず、地味すぎないような調整をさせていただき、満足のゆく、静かな青の表現にたどり着けたと思っています」
宙鏡の3モデルの中でも、ひときわ小さな漆塗り文字板を持ち、それでいて“静かな青”というコンセプトが掲げられているエコ・ドライブモデル。入念に組み立てられた、ちょうど良い個性を備える本作は、他の2モデルに比べて手に入りやすい価格帯も相まって、初めてカンパノラを手に取る方にも勧めやすい1本だろう。
グランドコンプリケーションコレクション「AH4080-01M」
グランドコンプリケーションコレクションに追加された「AH4080-01M」は、青い漆に螺鈿細工を施すことで、美しい銀河の輝きを表現したモデルだ。見返し部では、漆塗りによってグラデーションの色付けが施されており、「青のゆらぎ」というテーマが大きく表現されている。もちろん、クォーツ式ムーブメントで実現したその多機能性も本作の魅力であり、腕時計のロマンを実感する上で申し分ない。
グランドコンプリケーションコレクションを担当したのは、シチズンの商品企画センターの若手デザイナー、奥村颯太さんだ。
「揺らぎながら無数に広がる星々。手が届きそうなのに届かないという儚さ。本作のデザインにあたり、そういった古来からの星空に対するロマンを表現できたらと思いました。そこに必要なキーワードは“光”だと考え、この光を“青”で表現するために模索した結果、“美しい空の光が手元の時を彩る”というイメージに行き着きました」
奥村 颯太
商品企画センター
デザイナー
2級時計修理技能士
デザインにあたり、光というテーマを据えるのであれば、宙鏡で唯一エコ・ドライブを備えた「BU0020-20L」の方が相性が良いように思える。奥村さんは、グランドコンプリケーションモデルでこのテーマを表現するにあたり、ダイアル上の情報量の多さを星の群れに見立てるという、従来のコレクションではなかったアプローチを実践。違和感のないデザイン性を目指したという。
また奥村さんは、レギュラーモデルとしてラインナップされる本作において、何か従来モデルにない新しい表現ができないかを模索したそうだ。
「実際に工房に赴き、実現できそうなアイデアを職人さんと相談し、ダイアルの見返し部のグラデーション表現に行き着きました。職人さんとのイメージの共有もそうですが、試作段階で職人さんに多くの試行錯誤をしていただき、最終的に形にすることができました」
人々のインスピレーションに寄った宙鏡では、機能性よりロマンを重視したウォッチメイキングが要求されたという。AH4080-01Mは、この哲学が機能性豊かなグランドコンプリケーションのダイアルで表現されており、優れた表現技法が推し量れるモデルと言える。
過去モデルのアーカイブから再編された表情
宙鏡の3種のモデルでは、ダイアルの見返し部やカレンダーの表記といった箇所で、過去モデルから意匠を引き継いでいる。アーカイブをさらい、星空というモチーフに合った要素を選ぶというアプローチは、原点回帰という裏テーマを持つ宙鏡の完成度を、より高めることにもつながっているのだろう。
参考にしたモデルや特筆すべきデザインについてもお伺いできたので、ここで記しておく。
『NZ0000-58L』
・ビッグデイトモデルとして、2014年の「NZ0000-58W」以来、10年ぶりのブレスレットモデル。また、同モデルにおいて、ブルー表現のダイアルの採用は初。
・針のプロフィールは、2015年発表の「琉雅」で確立された、現在のメカニカルコレクションに共通する針の形状を採用。
・見返し部のローマインデックスのバランス、形状を再構成。見返し部の外径、内径に沿う様にローマ数字を1字、1字変形させながら配置し、全ローマインデックスにバランス修正を行っている。
『BU0020-20L』
・針の造形は、「星顕(ほしのあらわれ)」と呼ばれるBU0024-02Fのものを踏襲。
・ダイアルの電鋳パターンや、見返し部のインデックス、ムーンフェイズは、それぞれ「紺瑠璃(こんるり)」と呼ばれるBU0020-20Aのものを踏襲。
・カレンダーの書体は、別の「紺瑠璃(こんるり)」である、BU0020-54Aのものを採用。
・見返し部は以上ふたつの「紺瑠璃」と異なる深さの青で彩り、カレンダーの色を反転するなどして、宙鏡独自の組み合わせを構築している。
・漆塗りは、従来より金属粉を多く混ぜ込むことで、星空が瞬くような表現を行なっている。
『AH4080-01M』
・過去のグランドコンプリケーションコレクションから、青系統のモデルのデザインを参考にしている。
・五徳リングやインダイアルの外周部は、紺瑠璃の配色を踏襲。
・見返し部のローマ数字は、グラデーションの色彩を活かすため、蒼波が持つ差し色のないタイプを採用。
・インダイアルのスケールは、紺瑠璃や蒼波と同じ書体で、リズム感の表現に向け、配色は留紺のものを参考にしている。
カンパノラの魅力を再認識する「宙鏡」
カンパノラが2024年に打ち出した宙鏡は、星空や宇宙に対する、古来からの人々の感情を表現することで、原点回帰を果たした腕時計と言える。趣味モノの側面が強まる腕時計において、ロマンを突き詰めたデザインを持つ宙鏡の3モデルは、着用する人々の心に大きく響く存在となるだろう。
手に取られた際には、ぜひ自分だけの星空を宙鏡に映し出してみてはいかがだろうか。
この記事の監修
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