【ザ・シチズン 藍染和紙文字板モデル】藍染工房「Watanabe’s」渡邉健太さんにインタビュー

【ザ・シチズン 藍染和紙文字板モデル】藍染工房「Watanabe’s」渡邉健太さんにインタビュー

ザ・シチズン藍染文字板モデル

2022年、シチズンのフラグシップブランド「ザ・シチズン」より、藍染された和紙を文字板に用いた年差±1秒/年差±5秒 光発電エコ・ドライブモデルが発売された。

限定本数のない通常モデルとして登場したこの2モデルだが、特に年差±1秒モデルに関してはシリーズ初の和紙文字板を使用したレギュラーモデルとなっている。

今後、ザ・シチズンの定番コレクションの一端を担うであろうこの藍染和紙文字板モデル。今回、その和紙を染め上げた藍染工房「Watanabe’s」の渡邉健太さんにお話を伺った。

「Watanabe’s」渡邉健太さん
渡邉健太氏

1986年、山形県生まれ。藍師。染師。藍染工房「Watanabe’s」代表。自らの手で藍の栽培から染色、製品化までの全てを手掛け、ジャンルを問わない幅広い手法で世界中に藍染の魅力を発信する。2021年にNHK大河ドラマ「青天を衝け」にて藍染・蒅(スクモ)造りを指導。

「Watanabe’s」渡邉健太さんとその藍染について

まず初めに、本日はお忙しい中お時間いただきありがとうございます。

いえ、こちらこそありがとうございます。これ、取材にきていただいた皆さんにお渡ししているパンフレットなんですけど、僕の藍染についての考えをまとめています。取材の時にいつも藍染について説明するんですけど、喋りすぎちゃって毎回時間が足りないんですよ(笑)。だからこれを配って説明しています。

渡邉さんと藍染の出会いはどんなものでしたか?

「Watanabe’s」渡邉健太さん

東京でサラリーマンをしてたんですけど、「休日にやりたいことリスト」を作ってまして、その一番が藍染だったんです。実際に藍染体験をしてみた時に、素手で染める工程や色が変わっていく様子、藍染の独特の匂いにすごい感銘を受けて。「これはやらないといけないな」と思うくらいに心打たれました。
その後サラリーマンを辞め、ここ徳島県上板町の藍染の地域おこし協力隊にたどり着きました。

Watanabe’sではどのような活動をされているのですか?

藍色といっても各藍師さんの藍栽培・蒅の製造方法によって染色工房ごとに色が全然違うんですが、僕はまだ見ぬ色の艶や力強さを体験してみたくて、色々実験するのが好きなんです。そのための知識やノウハウを常に追求しています。

種から藍染を育ててらっしゃるとお聞きしましたが、簡単にできるものなのでしょうか?

育てるだけを考えるのであれば農作物やお花が育つ環境があればどこでも育つはずです。ただ、より良質な藍色を突き詰めていくとなると、どうしてもその土地や育成環境と向き合う必要が出てくると思います。

例えボロボロの葉っぱであっても藍分さえ入っていれば蒅はできるし、それを原料に染色もできるんです。ただ、マグレは例外として、ここに大きな違いがあって。
例えるなら「ぬか漬け」がわかりやすいと思います。ぬか漬けってなんとなくで作ったものと、ちゃんと手塩にかけて作ったものとでは、味が全然違いますよね。それと同じで、藍色も環境やその栽培、製造工程によって色合いが全く変わってくるんです。

藍を育てることはできても、染色するのは難しそうに感じますが・・・

藍染は実はすごくロジカルな部分があって。化学の実験をやっているような感覚もあります。ただ、毎回同じ工程で同じ色ができるとは限らないので、変化を見ながら培ってきたデータと感覚に照らし合わせて、そこの差を補っていく感じですね。

もちろん長期間にわたり幅広い濃淡を扱える染色液を作ったり、艶のある力強い藍色を作るためには僕もまだまだ経験が必要です。ただ、漠然と藍染をするというだけなら意外とハードルは高くないと思います。

機械的に同じ作業を繰り返すだけでは、同じ色はできないということでしょうか?

そうなんです。ノートに藍染液を仕込んだ時のレシピや、そこから毎日の温度、湿度、天気といった条件で何回染めたというのを記録しているんですけど、たとえ同じ条件でやったとしても毎回違う色になるんです。染色の依頼によってはなるべく色を合わせたりと、とても難しい部分はあるのですが、その「ブレ」が非常に面白いところでもあります。

サンプル染色

サンプル染色を行って、その藍色でOKをもらった後に、いざ染色するのが数ヶ月後になってしまうと染液から何から全部変わっているわけです。そういう時は大変ですよね(笑)。

渡邉さんはご自身の藍染に対して、特にこだわっているものや、これだけは他に負けないというものはありますか?

「Watanabe’s」渡邉健太さん

逆にこだわりや自我をなるべく排除して藍と向き合えるように努めています。藍染は、自然から享受されるものなんです。
例えば、農業で土作りをするときに、その方法を知識だけで人間が勝手に考えて、決定して土地に当てはめようとするわけです。本来はそこの土地や環境をどれだけ感じて寄り添えるかを一番念頭に置いた上で考えなければいけないと思うわけで。

それは人の力、要は「我(が)」が入れば入るほど偉大で美しい本来の自然の力は失われていくわけです。

ですから、藍を生かすためには「我」や「こだわり」を捨てることこそが大切で、僕にできるのはその土地が最大限自然に戻れるような状況を準備することしかできません。藍染をなるべく現場に出て種から育てているのもこの準備の一環で、その年々で変わる藍の状況を感じることが大切でないかと考えています。

年々藍の色が変わるとのことですが、このザ・シチズンの和紙にはいつの藍を使われましたか?

2021年と2022年のものを使いましたね。ファーストバッジは2021年のものだと思うんですが、それは大河ドラマ「青天を衝け」で使っていたものと同じなので、「大河色」って呼べるかもしれません(笑)。2022年に収穫した藍はちょっと赤みが強かったので、比べてみると違いがわかるかもしれません。

「ザ・シチズン藍染文字板モデル」について

今回、年差±5秒と年差±1秒 エコ・ドライブモデルをお持ちしました!

やっぱりいいですね。単色に染めてるんですけど、年差±1秒エコ・ドライブモデルは、グラデーションを施した上板と和紙を重ねているので、いい塩梅になったと思います。この染まり具合もなるべく均一にしないと透過率が変わってしまって、エコ・ドライブの発電量に差が出てしまうので、シチズンさんと何度も試行錯誤しました。チタン素材だから軽いのも使いやすいですよね。

このモデルはシチズンさんに大々的にPRしていただいたので、雑誌に広告があるのをみて「これっ!」って驚きました。実際シチズンさんの社内でも好評をいただいたようで、それは本当に嬉しかったです。

ザ・シチズン 藍染和紙文字板モデル

今回で時計の仕事に関わったのは初めてとお伺いしましたが・・・

そうですね。でも、シチズンの技術者さんと何度もやりとりして試行錯誤ができたんで、それがとても楽しかったです。
お互いの良さを出し合って、「これは技術的にできない」って言うんじゃなくて「こうすれば良くなるかもしれない」って会話を繰り返して、どんどん良いものが出来上がっていく感覚がありました。また、僕自身「土佐和紙」を染めた経験があったので、それも今回のコラボレーションでとても役立ちました。

土佐和紙

年差±1秒エコ・ドライブモデルについては、本作が和紙文字板を使った初のレギュラーモデルになりますね。

それは僕も驚きました。数量限定モデルだと勝手に思っていたところ、レギュラーモデルとおっしゃられたので。
ザ・シチズンは年差っていう突き詰めた性能の腕時計です。対して藍染は自然の色を使用したもの。その組み合わせに当初は驚きましたけど、シチズンさんは藍染のそういった特性を理解し、汲んでくださって。
色の濃さで和紙の透過率が変わってエコ・ドライブの性能に差が出ないように、何度もすり合わせをしました。

藍染も腕時計のように永く楽しめるものなのでしょうか?

そうですね。藍染した布は使って洗っていくことでアク、つまり色の雑味が無くなることで、どんどん藍色が澄んでいくんです。その一方で、長期間紫外線に晒されると藍色が褪色してしまうのですが、本製品では紫外線対策や素材、環境を整えることで永く藍色を残すことができるようになりました。

では今回の藍染文字板は、エコ・ドライブのための透過率の追求や、経年や紫外線によって色が飛ばない工夫が込められた自信作なんですね。

ザ・シチズン 藍染和紙文字板モデル

腕時計、文字盤を見られたら、その美しさは十分に伝わると思っていますが、実際に藍色の品質の良さを実感するまでには長い時間がかかると思います。ただ、藍染というものは経年変化で綺麗な藍色が出てくるので、このザ・シチズンも時間が経てば、より鮮やかな藍色が楽しめるかもしれません。

最後になりますが、今回のシチズンとのコラボはいかがでしたか。

蒅や天然灰汁発酵建てという日本の染色技法は、江戸時代から続く技法ではありますが、僕自身は現代においても最先端の技術であると感じています。そのため、クォーツ時計の最先端であるシチズンさんからのお声がけにより実現したこのコラボレーションにはとても感慨深いものがあります。
課題は色々とありましたが、ダイレクトで技術者さんとディスカッションできたことで非常にスムーズに制作を進められたと思います。

また、今回の藍色の他に「勝色」のような濃い色にも挑戦してみたいと思いました。

ザ・シチズン 藍染和紙文字板モデル

つい最近、このモデルを購入した方からメールが届いたんです。「プレスリリースからずっと発売を心待ちにしていて、今日やっと届きました!今開封してメールを打ってます!」って。

震えるほど嬉しかったです。

渡邉健太さんが藍染を手がけた「ザ・シチズン藍染文字板モデル」については、こちらの記事もぜひご確認ください。

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