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G-SHOCKを生み出したカシオ。その腕時計の魅力・歴史をご紹介

タフネスウォッチの先駆けであり、誇張でもなく世界で最も有名な腕時計の一つであるG-SHOCK。その生みの親であるカシオ計算機は「創造 貢献」をモットーに時計のみならず、楽器や計算機、電子辞書などさまざまな分野の商品を手掛け、国内外問わない巨大な市場を持つグローバルブランドです。

今回はそんなカシオ計算機についてその成り立ちや歴史、G-SHOCKの誕生秘話など、その有り余る魅力についてご紹介いたします。

 

 

カシオってどんなブランド?

カシオのロゴ画像

カシオというブランド名は知っていたとしても、もしかしたらどんなブランドか詳しく知らない人もいるかもしれません。
カシオ(正式名称:カシオ計算機)は腕時計を代表に、時代に合わせた実用派の電子機器やシステムを数多く生み出してきたブランドです。

カシオのメイン商品

電子辞書や電卓、楽器、教育サービスなどその製品の幅は非常に広く、膨大なシェアを展開するカシオは無条件に信頼を寄せることのできる、国産トップブランドと言えるでしょう。

最近ではオンライン学習アプリの普及などソフトウェア開発にも力を入れており、より多角的な企業展開を進めている革新派ブランドでもあります。

 

 

時代を切り拓いてきたカシオの歴史

カシオは1946年創業のブランドです。

創業当時の日本は敗戦直後であり、鍋や釜、電熱器や自転車などが必需品の時代でした。
それらの必需品の部品を加工・製作する下請け仕事を請け負っていた樫尾忠雄氏は、設備の充実とともに「樫尾製作所」を創業。ここから現在まで続くカシオの歴史が始まったのです。

 

兄弟の参入と大ヒット商品の誕生

創業当時は戦後すぐということもあり、樫尾製作所の経営は思うように振るわず試行錯誤の毎日が続きました。
そんな会社を大きく変えたのが、当時行政機関で通信システムに携わっていた樫尾兄弟の次男樫尾俊雄氏の入社です。

彼は兄である忠雄氏の反対を押し切り、華々しい出世街道を捨ててまでも樫尾製作所でのものづくりを選択。創業者の兄が技術屋であったのに対し樫尾俊雄氏は商品開発に明るく、入社後に数多くの新商品を考案しました。そのうちの一つが「指輪パイプ」です。

指輪パイプの写真

戦後ということもあり当時のタバコは数少ない日本人の嗜好品の一つ。端まで吸い切る人がほとんどだった時代に火傷を気にせず最後まで吸える指輪パイプは革新的なアイテムでした。

樫尾兄弟の持つ豊かな発想力と高度な技術によって生み出されたこの商品は売れに売れ、その売上はカシオの運命を大きく変える計算機の開発に繋がることとなります。

 

日本初の計算機の開発

当時の計算機の写真

樫尾製作所の次なるヒット商品へ向けた開発は、電動計算機にフォーカスが当てられました。
当時の計算機は歯車とモーターが搭載されており、現代のものと全く違う機構がとられていました。加えて、全てが海外産であったために自動車と同じくらい高額な機械だったのです。

樫尾製作所はこの計算機を純日本産で作りたいと考え、次なる目標に設定。
この頃には樫尾兄弟の三男樫尾和雄氏樫尾幸雄氏が入社しており、それぞれが得意分野を活かして計算機の開発に取り組みました。ちなみに、この時から現在に至るまでカシオ計算機は本格的な家族経営に舵を切ることとなります。

カシオ4兄弟の写真

計算機の開発は困難の連続でしたが、指輪パイプの利益や銀行融資、企業からの支援によってなんとか開発が続けられました。そして、崖っぷちに立たされるような失敗をいくつも乗り越え、1957年に目標としていた計算機の開発に成功。樫尾四兄弟は7年もの歳月を費やし、ついに「外国製に負けない、日本の技術で理想的な計算機を作る」という願いを叶えたのでした。

日本初の国産計算機の写真

その後四兄弟は、計算機の開発および製造を行う会社としてカシオ計算機株式会社を設立。現在に続くまでその名前を轟かせることになったのです。

 

時計業界への参入と伝説の誕生

計算機を開発した1957年以降、カシオは計算機の分野においてトップブランドでありつづけ、卓上電卓である「カシオミニ」の大ヒットによりさらに業績を伸ばすこととなります。
そして開発担当に就任していた樫尾俊雄氏は次なる開拓として時計を選択しました。

彼の持論の一つに「時間は1秒1秒の足し算である」というものがあります。計算機開発における革命児であった彼にとって、時間を表示する時計もまた計算機だったのです。

もちろん時計は計算機と違って日本初のものではなかったため、彼は腕時計を売るためには全く新しい何かを組み込む必要があると考えました。そして生まれたのが30日の月と31日の月を区別して表示する「オートカレンダー機能」です。カシオ計算機はこの世界初の機能を搭載した「カシオトロン」を引っ提げ、堂々と時計業界に参入したのでした。

カシオトロンの画像

そして来たる1983年、カシオ計算機はのちにカシオ計算機の顔となる伝説的名機「G-SHOCK DW-5000C」を発表します。

G-shockの写真

当初は国内ではなくアメリカで人気の火がつき、瞬く間にG-SHOCKは実用派タフウォッチの地位を確立します。そしてその人気の余波は日本にまで届き、G-SHOCKは逆輸入という形で日本での人気を獲得しました。
今では国内外から人気を集めるG-SHOCKですが、実は日本で人気を得たのは発売直後ではなく少し経ってからのことだったのです。

 

余談:カシオ計算機はなぜ「CASIO」なのか?

CASIOの社章

カシオのロゴは、四兄弟の次男であり計算機作りの主軸を担った「樫尾俊雄」によって発案されたものです。
「CASIO」の周りを囲う模様は4つの「K」がモチーフとなっており、樫尾四兄弟の結束を象徴しています。

そして、名前のカシオがローマ字の「KASHIO」ではなく英語読みの「CASIO」になっているのは、世界への進出を見越したものでした。これはカシオペア座の綴りをもじったものであり、星座の名前は当時の最先端であった計算機ブランドにこれ以上なくふさわしいものだったのです。

現在ではG-SHOCKを代表にCASIOは世界中で知られているブランドであり、この社章と社名が決して大袈裟でないことを証明したと言えるでしょう。

 

 

なぜG-SHOCKは伝説的存在になったのか

カシオの腕時計を代表するコレクションであり、世界的な人気を誇るG-SHOCKはどのようにして生まれたのか、またなぜここまでの存在になったのか。カシオのウォッチコレクションについてご紹介する前に、G-SHOCKについてより深く掘り下げたいと思います。

 

G-SHOCKの始まり

1981年、カシオ計算機の時計設計部所属の伊部菊雄氏は自分の腕時計を不注意で落として壊してしまいます。
そこで彼が思い付いたのが、当時の時計の当たり前であった「精密機械である時計は落とすと壊れる」を覆す「落としても壊れない時計」の必要性です。

結果的にそのコンセプトで企画書が提出そして承認され、世の中になかった全く新しい時計の開発がスタートしました。これがG-SHOCKの始まりです。

余談として、会社近くで工事をしていた人たちが壊れてしまうために腕時計をしていないことに気づいた伊部氏は、丈夫な時計を作れば多くの人たちに役立つと思い商品ターゲットを決めたそうです。

 

試行錯誤と衝撃吸収構造の発明

緩衝材に包まれたG-SHOCK

常識を覆す商品の開発が難しいのは、必ずどこかでゼロベース、前例のない開発をする必要があるからです。
G-SHOCKの場合は言わずもがな、これまでの腕時計にはなかったタフネスの確保が課題でした。

タフネスを証明するためには、高いところから落としても壊れないということが肝要です。そこで伊部氏は試作品を作っては10mの高さから落とすという実験を始めました。

当初伊部氏は、腕時計を柔らかい素材で包めば衝撃に耐えられると考えました。
しかし、実際にケースを緩衝材(ゴム)で包んだ試作品は簡単に壊れてしまい、10mの高さに耐えられる頃には、分厚い緩衝材で試作品はソフトボールほどの大きさになってしまったのです。

緩衝材に包まれたG-SHOCK

そこで考案されたのが現在のG-SHOCKにも通ずる技術である、5段階衝撃吸収構造です。この構造は腕時計の心臓部である「モジュール」を柔らかい素材と硬い材質を含む5つのパーツで保護することができます。そして、各所のパーツ強度を高めることで腕時計全体としての耐衝撃性も高められる構造なのです。

5段階衝撃吸収構造

さらにこの構造はあらゆる方向からの衝撃を和らげることも可能であり、落としても壊れない腕時計はその実用化に一気に近づくこととなりました。

 

中空構造の発見とG-SHOCKの誕生

剛と柔を組み合わせた5段階衝撃吸収構造はタフネスの確保に大きく寄与しましたが、この構造であっても心臓部にはどうしても衝撃が伝わってしまい、約10mという高さからの落下には耐えられませんでした。

どこかの電子部品を壊れないように補強すると、また別の電子部品が壊れてしまう。
一年間もの歳月をかけても解決の糸口は見えませんでしたが、それに反してカシオ社内では発売時期やG-SHOCKという商品名まで決まっており、伊部氏はますます後に引けなくなっていました。

タフネスを象徴する画像

そして数々の試行錯誤の末、伊部氏はある決断をします。それは一週間夢の中でさえも解決策を考え、それでも駄目なら諦めてカシオを退職するという決死の決断でした。
しかしそれから一週間後、最後の日になっても彼は解決策は見出せないままでした。失意の中、昼食後に公園の近くを歩いていた時、彼はゴムボールで遊んでいる子供達を目にします。

そこで頭に浮かんだのがゴムの中に浮かぶ時計の光景です。ゴムボールの中心に浮かぶ時計は衝撃を受けないのではないか。そう思い立った同氏はケース内で心臓部を浮かせる中空構造を発案。点接触でモジュールをケース内に浮かせることにより衝撃をなくせると考えたのです。

中空構造の画像

この中空構造と5段階衝撃吸収構造の組み合わせることで、ついに伊部菊雄氏は10mの高さから落としても壊れない構造を作り上げたのです。

そして1983年、G-SHOCKは落としても壊れない腕時計としてついに時計業界にその姿を表したのでした。

 

未曾有のアメリカでのヒットと逆輸入まで

G-SHOCKの構造の写真

さて、満を辞して登場したG-SHOCKでしたが、全方向からの衝撃をカバーするフォルムは当時の腕時計としては奇抜で、最初は売上が芳しくありませんでした。
そんな折、アメリカで流されたG-SHOCKのCMが話題を呼びます。その内容は、アイスホッケーのパックの代わりにG-SHOCKをスティックで弾き飛ばすというものでした。

このCMは視聴者から「本当に壊れないのか」という疑問を呼び、実際に検証するテレビ番組までもが出てきました。
番組内では実際にアイスホッケーの選手がスティックで弾き飛ばしてみたり、果てはトラックでひいてみる実験が行われましたが、G-SHOCKは壊れずに時間を刻み続けました。その結果、G-SHOCKは実用性の証明とともに大きな宣伝効果を得ることとなったのです。

G-SHOCKがトラックに轢かれている写真

そうしてアメリカでは前代未聞の丈夫な腕時計として、当初の商品ターゲットだった消防員や警察官、外で働く人間を中心に大きな人気を集めました。G-SHOCKは瞬く間に売り切れる大ヒット商品になったのです。
さらにアメリカで流行った腕時計ということで日本に人気が逆輸入されることとなり、ストリートファッションアイテムとして国内でも高い支持を集めました。

ちなみに、1992年頃の腕時計の主流は圧倒的にクォーツウォッチだったため、オシャレで便利なG-SHOCKは空前の大ブームを引き起こしました。まさにG-SHOCKバブルの時代と言えるのではないでしょうか。

 

現代でも色褪せないG-SHOCKの魅力

MR-Gの画像

G-SHOCKの人気の勢いは現在でも全くかげりを見せていません。
豊富なカラーリングに数々の革新機能の搭載、さらなる素材や表面仕上げの追求、ハイエンドラインの展開などその需要は更なる広がりを見せています。

その人気は、高いタフネスと一つのカジュアルフォルムの完成形が持つ、G-SHOCKだけの魅力があってこそのものではないでしょうか。

 

 

G-SHOCKだけじゃない!カシオの主力コレクションをご紹介

ここからは、カシオ計算機が誇るウォッチブランドを紹介いたします。カシオは他にも「CASIO」というロゴだけ入ったノーブランドの低価格ラインを多くリリースしていますが、ここでは主力ブランドに限って紹介いたします。

 

G-SHOCK

MR-Gの画像

間違いなく世界一有名なタフウォッチであるG-SHOCKは、いまだにカシオの最たるアイコンシリーズであり続けています。2008年には心臓部であるモジュールも一新され、さらなる実用性とタフネスを手に入れました。

日常使いやアクティブにあまりに当てはまる実用性を備えながら、腕時計としては低価格帯に属するため、ファッションアイテムのように複数買いされることの多いメガヒットコレクションです。
2017年には総出荷本数1億本を達成し、まだまだその需要と人気の高まりを感じざるを得ません。

バリエーションシリーズも多く登場しており、
MT-G・・・メタルや樹脂などの異素材を融合してさらなるタフネスを追求するライン
MASTER OF G・・・陸海空それぞれをモチーフとしたプロフェッショナルライン
G-SQUAD・・・各種センサーの搭載でよりスポーツギアとしての側面を強めたライン
ORIGIN・・・初代G-SHOCKのフォルムを継承するタイムレスなライン
など、いちシリーズとしては非常に幅広いラインナップが並びます。さらに、後述するMR-Gもハイエンドラインとして加わります。

 

MR-G

MR-Gの画像

MR-GはG-SHOCKに属するシリーズではありますが、ブランドの中でも突出したハイエンドラインであるためG-SHOCKとは別に紹介いたします。

MR-Gは強さ、美しさ、精度に一切の妥協がない、G-SHOCKの頂点に立つシリーズです。
新発想の外装設計に加え、実用性に優れるワールドタイム機能、高級な質感と強さを兼ね備えるチタン素材、正しい時刻を刻み続けるGPSハイブリッド電波ソーラーなど、腕時計に必要とされるあらゆるものを極限にまで研ぎ澄ませています。

MR-Gの画像

デザインにはメイドインジャパンを象徴する端正な仕上げやものづくりが生きており、日本刀や鎧の装飾など伝統を取り入れたモチーフも魅力の一つになっています。

 

オシアナス

オシアナスの画像

オシアナスは、海を意味する「オーシャン」の語源でもある海の神「オケアノス」から名前をもじった、2004年誕生のシリーズです。
青を主体としたカラーリングに数多くの実用時計機能を搭載することで機能性とデザインを兼ね備えており、カシオウォッチの中でも上位ラインに該当します。

藍染、江戸切子、蒔絵をモチーフとした独創的な限定モデルが次々と登場しており、MR-Gのようにメイドインジャパンを楽しめる側面も魅力的です。

 

プロトレック

プロトレックの画像

プロトレックはアクティブに自然を楽しむ人に向けられた本格アウトドアギア。
装着感やタフネスが高められており、見やすいデジタル・アナログデジタル表示は実戦的な仕様をより強めています。方位、気圧/高度といったカシオのセンシング技術も活かされており、過酷な冒険でもきっと役立つ相棒になるでしょう。

ラインナップには「釣り」「登山」などスポーツに特化したモデルが登場しており、スポーツギアとして高い評価を獲得。
流行のアウトドアファッションに当てはまるそのデザイン性も人気を集めています。

 

 

カシオの技術力を体現する傑作コレクション

ここではカシオの最先端技術の結晶を体現するコレクションとして、オシアナスとMR-Gからおすすめモデルをご紹介いたします

 

MRG-B2000B-1A4JR ”赤備え”

赤備の写真

日本古来より受け継がれてきた強さと美意識を継承するB2000シリーズから、戦国時代に強さの証明として扱われていた「赤備え」をモチーフとしたモデルです。
黒ベースのカラーリングに赤と金の差し色を効果的に加えることで、名のある戦国武将の鎧のような荘厳さが表現されています。

赤備をズームした写真

電波受信機能、スマートフォンとの連携機能、タフネスを極めた素材加工、美しいザラツ研磨など、上質な高級腕時計に不可欠な要素と実用性を備え、G-SHOCKの最高峰にふさわしいモデルとなっています。

 

MRG-B5000B-1JR

B5000の写真

いまだ高い人気を誇る初代G-SHOCK「DW-5000C -オリジン-」のフォルムはそのままに、最高峰の素材と各種エレトロニクスを搭載した、まさに正統進化モデルです。

純チタンの約3倍もの硬度を誇るチタン合金を採用し、DLCコーティングによってG-SHOCKの醍醐味であるタフネスは極限にまで高められています。

B5000のベゼルを解体した画像

このモデルで特に注目したいのはその「磨き」。加工のために25個ものパーツに分断されたベゼルは職人技によって端正に磨き上げられており、ブレスレットも全てのコマが美しい仕上がりを見せています。
B5000のズーム写真 2022年の登場から絶大な人気を誇るモデルで、品切れがいまだに各所で続く傑作モデルです。

 

OCW-S5000EK-1AJF ”斜光”

オシアナスを腕に巻いている写真

エレガンスとテクノロジーを両立するオシアナスから、江戸切子のサファイアガラスベゼルが美しい限定モデルです。
ベゼルはブルーブラックのグラデーションで彩られており、伝統の文様である「千筋」はスタイリッシュなビジュアルを演出。斜光の名を体現した職人技が光ります。

光に当てている写真

ケース素材にはチタンケースが用いられており、Bluetooth機能搭載の電波ソーラーを採用することで実用性も抜群です。

世界限定1000本の希少なモデルで、一つ一つ手作業で仕上げられた特別感も申し分のない一本と言えるでしょう。

 

 

まとめ

当ページではいちウォッチメーカーとしての側面からカシオ計算機というブランドについてご紹介いたしました。

幅広い分野の最先端をひた走るカシオは、腕時計の分野でもその革新的技術と発想を活かした新進気鋭モデルを生み出し続けています。
ぜひカシオの腕時計を一つ手に取って、その優れた技術力と革新性を体感して見てください。

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