国産の高級腕時計ブランドとして、国内外問わない支持を獲得しているグランドセイコー。世界有数のマニファクチュールとして、美観と機能性に優れたコレクションを数多く輩出しています。
そんなグランドセイコーの魅力のひとつに、豊かなダイアル表現が挙げられます。今回、豊かな個性だけでなく、高度な製造技術も体現するグランドセイコーのダイアルについてまとめました。白樺や雪白、花筏といった代表的な文字盤についても解説していますので、ぜひ最後までご一読ください。
国産腕時計の最高峰、グランドセイコー
グランドセイコーは、日本らしいものづくりと、世界基準の品質を誇る国産腕時計ブランドです。元々はセイコーのフラッグシップラインでしたが、世界を見据えた展開に向けて2017年に独立。現在まで、腕時計の設計から組み立てまでを自社で行うマニファクチュールを続けています。
そんなグランドセイコーのブランドスローガンは、「THE NATURE OF TIME」です。これには、「時の本質」という意味だけでなく、日本らしい自然に育まれた豊かな感性から導かれる、「豊かな時間」という意味も込められています。
グランドセイコーのダイアルは、特にこの哲学が強く反映された、アイコニックな要素のひとつと言えるでしょう。
グランドセイコーのダイアルが持つ魅力
グランドセイコーのダイアルは、実用性、審美性、個性のちょうど良いバランスを目指してデザインされています。これにより、「見ていて飽きない」輝きが生まれ、ユーザーに愛着を持ってもらうことにも繋がっています。ひとつひとつその魅力を確認していきましょう。
個性豊かなダイアルパターン
グランドセイコーには、セイコー時代から培ってきたダイアル製造技術が確実に受け継がれています。さまざまな模様の表現手法を駆使しており、鋳造による成形や、機械を使った“彫り”、素材の質感をそのまま活かした文字盤を使い、実に多種多様なダイアルを実現してきました。
その中でも、注目は型打ち模様ではないでしょうか。大谷翔平選手にも贈られた白樺モデル「SLGH005」や、不朽のロングセラー、雪白モデル「SBGA211」など、グランドセイコーを代表するコレクションの数々で、豊かな表情の演出に活用されています。
非常に豊富なカラー・ディテールのバリエーション
グランドセイコーのダイアルは、複層構造を採用することで、極めて多彩な表現を可能としています。どんな下地、型打ち模様を、どんな色塗装と組み合わせるか、また塗装はどのくらい厚みを出すのか。さまざまな要素の組み合わせが生み出す無限のパターンによって、例え同じ青であっても、無限の表情を生み出せるのが魅力と言えます。
立体感と高級感が際立つ針・インデックス
グランドセイコーは、デザインの不文律として「セイコースタイル」を掲げています。そしてそこには、表示部、つまり針・インデックスに関する基準も設けられています。
これらの造形には、「多面体」への圧倒的なこだわりが見られ、際立つ立体感や高級感が備わっています。実際、その製造にはかなりの手間とコストが変えられており、中には、製作に数日かかるものもあるようです。個性豊かな文字盤に目が行きがちですが、針・インデックスもグランドセイコーで注目すべきポイントと言えるでしょう。
針・インデックスの輝きの秘密「ダイヤカット」
グランドセイコーのインデックス・針は、ダイヤカットと呼ばれる手法で加工されています。このダイヤカットは、高い技術力を要する一方で、プレス成形に比べてエッジの効いた、極めて直線的な加工面を生み出すことができます。
こうして生まれる表面は、同一方向に多くの光を反射することができ、美しくきらめくだけでなく、高い視認性の確保も叶えています。
グランドセイコーのダイアル構造
グランドセイコーのダイアルは、以下のような構造を採用しています。
針からダイアルベースまで、いずれにも匠の技が反映されており、腕時計の顔を担うにふさわしい仕上がりを見せています。中でも、ダイアルベースからトップ塗装までの複層構造は、それぞれの層で光の反射の仕方が異なり、太陽の下と室内では見え方が大きく変わります。
職人の熟練した技術によって生まれるこの複層構造によって、グランドセイコーは、実物を見てまた印象が一味変わる腕時計となっています。
実際のダイアル製造の流れ
グランドセイコーのダイアルが製造される際は、生地仕上げ、着色、表面仕上げ、印刷、植字の順番で各工程が行われます。そして、SLGH005の白樺パターンを始め、型打ち模様を施すダイアルでのみ、生地仕上げの前に、金型作り、型打ちの工程が加わります。ひとつひとつ工程を確認してみましょう。
金型づくり(型打ち模様のダイアルのみ)
白樺や雪白を始め、くっきりとした模様をもつ型打ちダイアルの場合、その製造は金型作りからスタートします。
このとき、機械で模様を削って金型を作りますが、この操作は人の手によるもの。職人の感性を重んじた工程によって、表情豊かな型打ち表現が生まれます。
中でも、SBGA481のような白獅子モチーフモデルが持つ有機的なディテールは、セイコーエプソンで培われてきた彫金加工の技術が活かされています。
型打ち(型打ち模様のダイアルのみ)
金型が作られると、それをダイアルベースとも呼ばれる生地にプレスすることで、模様を転写します。この時、彫りが浅いものは1回のプレスで済むことが多いですが、SLGH005の白樺文字盤を始め、彫りが深いものは1日1回、7日間に分けて少しずつ転写が行われます。
これは、生地の厚みがわずか0.5mmにも満たないことが関係しており、力加減の絶妙なコントロールが必要となるためです。
こうして生まれる型打ちパターンは、さまざまな仕上げと組み合わせることで、単調でない様々な表現が可能です。例えば白樺文字盤は、ダイナミックな型打ちにヘアライン仕上げが組み合わされています。
生地の仕上げ
型打ち工程が終わった後、または型打ち以外のダイアルを製造するにあたり、まずは生地の仕上げが行われます。その原料は、BS材、NS材※が主となります。この時、サンレイとも呼ばれる放射目付や、ヘアラインとも呼ばれる縦筋目付、フロステッド仕上げとも呼ばれるホーニングといった、文字盤の表情付けも同時に行われます。
こうした表情付けは、完成後の文字盤の仕上がりに大きく影響するものであり、生地に対するこの仕上げ工程が、非常に重要な立ち位置にあることがわかります。
※ダイアル原料
BS材(brass):真鍮や黄銅に代表される、銅-亜鉛合金のこと
NS材(nickel silber):洋白、洋銀、ニッケル黄銅に代表される、銅-亜鉛-ニッケル合金のこと
放射目付(サンレイ)の特徴
放射目付はダイアル中央から広がるように筋目が入っており、光が強く反射している筋に向かって、色味も明るく浮かび上がるのが特徴です。光の当たり方で大きく見え方が変わるため、豊かな表情の演出にもってこいの仕上げとなっています。
縦筋目付(ヘアライン)の特徴
縦筋目付は、局所的に輝く放射目付と違い、ダイアルの端から端まで、広範囲がいっぺんに輝く仕上げです。こちらも、光が強く反射している筋に向かって色味の見え方が変わり、豊かな表情を作り出してくれます。
ホーニング(フロステッド仕上げ)の特徴
ホーニングでは、ダイアルに細かい粒子を高圧で吹き付けることで、反射が抑えられた仕上がりを作り出します。輝きが分散された均一な色合いによって、しっとりとした質感が生まれ、クラシックやドレステイストにぴったりな表情を生み出します。
着色、下地めっき
生地が仕上がると、続いて着色が行われます。この工程では、塗装前に下地めっきを施すことで、塗装の発色を良くするだけでなく、変色や傷からの保護を行います。そして、その上から何度も薄く塗装を施すことで、色味のコントロールをおこなっています。
さらにグランドセイコーでは、湿式めっきやPVD(物理蒸着)も活用されており、めっき そのものの質感を活かしたダイアルも登場しています。
厚銀放射
めっき特有の質感を活かしたダイアルのひとつに、「厚銀放射」が挙げられます。このダイアルは、文字盤に通常よりも厚い銀めっきを施し、その上から極めて繊細な放射目付を行うことで作り出されます。
こうして生まれる繊細な表情は、その絹のような質感から、現場では「シルクフィニッシュ」とも呼ばれているそうです。絹の一大生産地であり、グランドセイコー誕生の地でもある「諏訪」の歴史を紡ぐ文字盤と言えるでしょう。
表面仕上げ(トップ塗装)
着色の工程が終わると、最後は表面仕上げに移ります。ここでは、クリア塗料を塗装したのちに、表面を一定に研磨することで完成に至ります。文字盤上に透明な塗料を吹きつけて乾燥させる工程を何度も繰り返すため、どんな型打ちであろうと平滑な表面を出すことが可能です。
なお、このトップ塗装では、クリア塗料の厚みでツヤと透明度のレベルを変えることができますが、グランドセイコーは最高レベルに当たる「ラップ塗装」を採用。他社と比較してもクリア塗装が非常に厚いため、奥深い色彩と、極めて平滑な表面を可能としています。
ちなみにグランドセイコーは、ツヤを抑えたラップ塗装の手法も確立しています。
Grand Seikoロゴとメモリの印刷
文字盤が完成すると、「Grand Seiko」ロゴやメモリの印刷、そしてインデックスの取り付けが行われます。この時、当然ながら文字盤が平滑でないと、ロゴやメモリの印刷を正確に行うのは難しくなってきます。ここで、先述のラップ処理による仕上げが活きてきます。
印刷は、シリコンまたはゼラチン製のパッドに、インクを乗せてダイアルに転写する、タコ印刷と呼ばれる方法を繰り返します。これを何度も繰り返すことで、単なる文字の印刷ではなく、立体感のあるロゴやメモリを作り出すことが可能であり、豊かな文字盤表現の中でも際立つ印刷を実現しています。
ちなみにセイコーエプソンでは、このゼラチンパッドも自作しているそうです。しかも、季節や形状に合わせて少しずつ調整するために、元となる粉から作る徹底ぶりです。
「GS」ロゴ、インデックスの取り付け
ダイアル製造の最終段階では、GSロゴや、ダイヤカットが施されたインデックスが、職人の手作業によって取り付けられます。それぞれのパーツには2本の足がついており、これを極小の穴に植えたのち、“かしめ”て接着加工を施すことで固定されます。
この取り付け工程でミスをしてしまうと、せっかく一定に仕上げた文字盤に傷がついてしまいます。そのため、ここでも熟練の技による正確性が求められます。そして、インデックスとGSロゴが固定されると、ようやくダイアルは完成を迎えます。
豊かな完成を宿す文字盤表現と「見立て」の精神
気の長くなるような工程を経て生まれるグランドセイコーのダイアルには、連峰や湖、海といった、豊かな自然へのオマージュが見られます。
これは、腕時計製造が盛んな諸国と比べて、日本は可住地割合が少なく、自然との共生が必須であるということが関係しています。グランドセイコーは、この雄大な自然が持つ多様性、生命と時の流れを多彩なダイアルで表現することで、日本人らしい感性を腕時計に宿しているわけです。
グランドセイコーが重んじる「見立て」とは?
グランドセイコーは、ダイアルデザインにおいて、「見立て」を重要視しています。「見立て」とは、ある対象を性質の似た他のものになぞらえて表現すること。日本では、盆栽、茶道、和歌、能、落語に至るまで、さまざまな分野で自然と行われており、その起源は古事記にまでさかのぼるとさえ言われています。
グランドセイコーはこれにならい、ダイアルからあえて確定的な情報を廃し、コンセプトを決めつつも想像の余白を残した表現を行うことで、「見立て」の精神を体現しています。
ちなみに、度々話題に上がるSLGH005の白樺文字盤も、先にデザインが完成した後、見立ての精神によって、“白樺林”というイメージが生まれたそうです。
グランドセイコーを代表する文字盤を一挙紹介!
最後に、グランドセイコーを代表する文字盤表現について、一挙にご紹介いたします。いずれも自然が持つ壮大な景観を表現しており、日本人らしい審美感だけでなく、見立ての精神も確かに宿しています。
白樺(しらかば)
白樺は、SLGH005で初めて採用された型打ちダイアルです。ホワイトバーチとも呼ばれ、グランドセイコーの機械式時計が生まれる岩手県に位置する、平庭高原の広大な白樺林がモチーフとなっています。
ダイナミックな型打ちには銀めっきと縦筋目仕上げが組み合わされており、メタリックホワイトの輝きを放ちます。これだけ彫りの深い型打ちであっても、その表面はラップ処理によって艶やかな平面を持っており、ロゴ、インデックスが正確に配置されています。
エボリューション9コレクションのアイコンにもなっているこのダイアルは、ブラックバーチと呼ばれる「SLGH017」や、バーチバークと呼ばれる「SLGW003」などのインスピレーション源にもなっています。
なお、スプリングドライブモデルのSLGA009も白樺林がモチーフに採用されていますが、こちらはより繊細な印象です。
岩手山(いわてさん)
岩手山は、グランドセイコー9Sメカニカルが生まれる「グランドセイコースタジオ 雫石」から望む、岩手山の山肌をモチーフとしたダイアルパターンです。9Sメカニカル専用のパターンとなっており、通常の放射目付(サンレイ)とは異なる、毛並みのような繊細な模様が、独自の質感、ハイライトを作りだしています。
岩手山ダイアルを持つ代表的なコレクション「SBGJ263」では、銀メッキの上に塗料を薄く吹いており、光が差し込むことでシャンパンゴールドのようにも見える白銀色を見せています。
また、このパターンは色合いを変え、グランドセイコー唯一の機械式クロノグラフモデルである「SLGC001」にも採用されています。個性を与えるだけでなく、クロノグラフに重要な、視認性の確保にもつながるダイアルパターンです。
雪白(ゆきしろ)
雪白は、9Rスプリングドライブが生まれる「時の匠工房」を囲う、北アルプスに降り積もる雪をモチーフとしたダイアルパターン。早朝の雪原に刻まれた風紋と、その質感を繊細な模様で巧みに表現しています。このことから、雪白ダイアルを持つSBGA211(またはSBGA011)は、スノーフレークの愛称でも親しまれています。
その製造過程では、繊細なパターンをプレスによって生み出した後に、銀めっきを施し、ツヤを無くすという手法が採られています。こうすることで、銀めっきの優れた反射率がダイアルに白い輝きを生み、白の塗料を使わない純白が作り出されます。
まさに、グランドセイコーの高度な文字盤製造技術を知らしめた存在と言えるでしょう。
現在では、スカイフレークとも呼ばれる「SBGA407」や、ミストフレークと名付けられた「SBGE285」などが派生モデルとしてラインナップされています。また、過去の数量限定モデルには、ピンクに色付けされた雪白パターンも登場しています。
水面(みなも)
水面(みなも)は、グランドセイコーの「時の匠工房」近くにある、諏訪湖の水面を表現した9Rスプリングドライブ専用のパターンです。湖に風が吹き、水面が静かに波打つ様子を、ランダムな横じま模様で表現しています。
このパターンは大小さまざまな”えぐり”が連なっており、カナヅチでひとつひとつ叩いたような紋様にも見えます。これにより、光に当たるとさまざまな模様が浮かび上がってくるだけでなく、その色味の見え方も大きく変わるのが特徴となっています。
潮(うしお)
水面(みなも)に近いパターンとして、「SLGA015」などのダイバーズウォッチに採用される、潮(うしお)パターンがあげられます。こちらは、水面と同時期に誕生した兄弟のような存在です。風に揺られる湖面を表現した、落ち着きのある水面パターンから一転、大きな波のうねりを表現しており、ダイナミックな雰囲気にあふれています。
御神渡り(おみわたり)
水面パターンの派生のひとつに、「御神渡り」も挙げられます。こちらは、冬季の諏訪湖が全面凍結した際、稀に起こる同名の自然現象を表現したものであり、水面パターンを持つダイアルが淡いブルーやホワイトで彩られています。季節感を重視する、グランドセイコーらしい派生パターンと言えるでしょう。
花筏(はないかだ)
24節季のひとつ、春分の情景である花筏(はないかだ)を表現した「SBGA443」も、グランドセイコーの優れたダイアル表現技術が際立つ存在です。そのダイアルパターンは9Rスプリングドライブ専用となっており、細かな線の集合をランダムな方向に連ねることで、花びらが重なりあったような趣深い模様を生み出しています。
どの角度から見ても、どこかに陰、または光が生まれる、無限大の魅力に溢れたパターンと言えるでしょう。
また、この花筏に関しては、型打ち後に銀めっきを施し、ピンクの塗料を数回に分けて薄く吹き付けることで、桜を思わせる、ほんのり桃色がかったシルバーカラーを実現しています。
ちなみに、SBGA443をはじめとした24節気コレクションのデザイン背景には、実は和歌の存在が隠されています。
これは、アメリカ市場での先行販売が予定されていたのが理由であり、より日本的な文化に着想を得たモデルを目指していた背景があったそうです。
もちろん、先述の花筏も同様であり、そのデザインには小倉百人一首の一節が引用されているとのこと。また同じパターンを持つ、「大雪(たいせつ)」を表現した「SBGA445」についても、冬の寂しさ、情景の心悲しさを表した和歌によって、雪白のような純白ではなく、ライトグレーカラーが選ばれたという経緯があったそうです。
まとめ
当記事では、グランドセイコーが誇るダイアルについて、その製造過程やデザイン、代表的な表現技法についてご紹介いたしました。
世界を見据えてセイコーから独立し、今や世界的な知名度を誇るグランドセイコーですが、その躍進の陰には、この豊かな文字盤表現が欠かせなかったのではないでしょうか。
グランドセイコーを手に取られる際は、ぜひその文字盤に込められた意味やロマンを感じ取っていただけると幸いです。